滑落・転倒

山岳遭難、去年の夏は過去最多。原因の1位は「滑落」ではなく「転倒」だった

山岳遭難、去年の夏は過去最多。原因の1位は「滑落」ではなく「転倒」だった

本記事は筆者の林業現場での実務経験および公的機関の情報をもとにした一般的な情報提供を目的としています。症状の判断や治療の代わりとなるものではありません。実際の対応については医療機関・専門家にご相談ください。緊急性が疑われる場合は、ためらわず119番通報してください。

北海道警察は今年8月11日の「山の日」、北見市の仁頃山で登山者にチラシを配りながら、こう呼びかけていた。「低山でも自然の厳しさは変わらない」。道内ではこの時点ですでに今年119件の山岳遭難が発生していたという。

低い山だから、慣れた道だから——そういう油断は、林業の現場にもそのまま当てはまる。そして警察庁が公表した去年の夏の全国統計を見ると、その油断の正体が意外な形で浮かび上がってくる。

去年の夏、山岳遭難は過去5年で最多だった

警察庁が発表した速報値によれば、令和7年夏期(7〜8月)の山岳遭難は発生件数808件、遭難者917人。いずれも前年から+148件・+181人の増加で、令和3年以降の5年間で最も多い数字だった。死者・行方不明者も54人にのぼる。

都道府県別では長野県143件、富山県90件、山梨県51件と、いわゆる名だたる山岳県が上位を占める。だが遭難は特別な高山だけの話ではない。北海道警察が「低山でも」とわざわざ言葉を添えたのは、身近な山でも同じ危険が起きているという実感があるからだろう。

「滑落」より多いのは、意外にも「転倒」だった

ここからが本題だ。態様別の内訳を見ると、最も多いのは滑落ではなく「転倒」で216人(23.6%)。次いで道迷いが171人(18.6%)、病気が142人(15.5%)と続き、滑落は126人(13.7%)で4番目だった。

「滑落」と聞くと、崖から落ちるような派手な事故を想像しがちだ。だが実際に一番多いのは、平らでない地面で単純に足を取られる「転倒」の方だった。これは山を甘く見ているという話ではなく、むしろ逆だ。滑落を警戒して足元を選んでいるつもりの場所でこそ、ただの一歩の躓きが積み重なって起きているということになる。

林業の滑落・転倒対策で書いた自分の経験も、まさにこの順番をたどった。急斜面で足元の土が急に軽くなった感覚がして、体が滑り出した。あれは統計上の分類で言えば「転倒」から「滑落」に変わった瞬間だったはずだ。木の根に足が引っかからなければ、5mではもっと下まで落ちていたかもしれない。転倒は滑落の「手前」ではなく、滑落そのものの入り口になり得る。

遭難者の6割が50代以上という、林業と重なる年齢層

年齢層別のデータもうかがえるものがある。60代が199人(21.7%)で最も多く、次いで50代が190人(20.7%)、70代が166人(18.1%)。50代から70代までを合わせると、遭難者全体の6割を超える。

林野庁の資料でも触れられているとおり、林業従事者の平均年齢は50代前半で推移している。つまり山岳遭難で最も多い年齢層と、日々傾斜地で作業している人たちの年齢層は、ほぼ同じ層だということだ。若い頃と同じ感覚で足を出しているつもりでも、バランスを崩したときの立て直しにかかる体力は、確実に変わっていく。

単独作業のリスク管理で書いたとおり、林業には一人で現場に入る働き方も多い。登山と違って「今日はどこの斜面に何時間入るか」を家族や職場に共有する登山届のような習慣が根付いているとは言いがたい。転倒して動けなくなったとき、それに気づく人が近くにいるかどうかは、装備の善し悪し以上に生死を分けることがある。

「まだ大丈夫」の一歩を、今日だけは疑ってみる

北見市の警察官がチラシを配ったのは、標高829mの、決して険しいとは言えない山だった。それでも「低山でも自然の厳しさは変わらない」という言葉を選んだのは、遭難の多くが特別な状況ではなく、普段どおりの一歩から始まっているからだろう。

今日、いつもの斜面に足を踏み入れる前に、その一歩を少しだけ疑ってみてほしい。滑落を警戒する余り、目の前の小さな転倒を見過ごしていないか。統計はそこに一番多くの人がつまずいていることを示している。

出典: 令和7年夏期における山岳遭難の概況(警察庁)「低山でも自然の厳しさは変わらない」北海道内では今年119件の山岳遭難発生(HBCニュース北海道/Yahoo!ニュース)

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この記事を書いた人

藤川翔(屋号:希翔)

自分が5mほど滑落した経験も、最初のきっかけは『ただの足の滑り』だった。今回の統計を見て、あの時の感覚がデータとして裏付けられた気がした。

この記事の裏話や、体験の背景はnote(山守ラボ)でも綴っています。