熱中症対策が『罰則付きの義務』になっていた。それでも一人親方には届かない

本記事は筆者の林業現場での実務経験および公的機関の情報をもとにした一般的な情報提供を目的としています。症状の判断や治療の代わりとなるものではありません。実際の対応については医療機関・専門家にご相談ください。緊急性が疑われる場合は、ためらわず119番通報してください。
先月、下刈り中に軽いめまいを感じて木陰に座り込んだ。誰も見ていない。誰にも報告する義務もない。水を飲んで20分ほど休み、何事もなかったように作業に戻った——という話を、知り合いの現場監督にしたら、こう返ってきた。「うちの会社なら今、その“座り込み”を報告しなかっただけで法律違反になるかもしれないよ」。
聞けば、2025年6月から熱中症対策は会社にとって“努力目標”ではなく、罰則付きの法的義務になっているという。知らなかった。そして調べていくと、もっと奇妙なことが分かった。この義務、一人親方である自分には、最初から向けられていないのだ。
いつの間にか、熱中症対策は「義務」になっていた
労働安全衛生規則の改正により、2025年6月1日から、事業者には熱中症対策が罰則を伴う形で義務付けられている。厚生労働省が令和8年に実施している「STOP!熱中症 クールワークキャンペーン」でも、事業者が徹底すべき事項として、WBGT値(暑さ指数)の把握とそれに応じた対策の実施、熱中症の重篤化を防ぐための体制整備・対応手順の作成、関係作業者への周知が改めて示されている。
「努力してください」ではなく「やってください、やらなければ罰則です」に変わった。この一文の重みは、現場に立ったことのある人ほど分かるはずだ。真夏の下刈りで、キリの悪いところで無理に休憩を切り上げてしまった経験は、一人親方でなくても誰にでもある。その“つい”を、法律の側から止めにきたということだ。
対象になるのは、どんな作業か
義務の対象になるのは、WBGT値28以上、または気温31度以上の環境下で、連続1時間以上、あるいは1日4時間を超えて行われる作業とされている。真夏の伐採現場や下刈りは、ほぼ確実にこの条件に当てはまる。木陰のない皆伐地で、防護服を着たまま2時間、3時間と作業を続けるあの状況そのものだ。
事業者に求められる措置は大きく3つある。熱中症の自覚症状がある人、あるいはそのおそれがある人を早期に見つけるための体制づくり(たとえば2人1組で互いの様子を確認し合う、いわゆるバディ制もその一例)。症状が悪化しそうなときにどう動くかという対応手順をあらかじめ決めておくこと。そして、それを現場の作業者に周知しておくことだ。
言い換えれば、「誰かが誰かの異変に気づく仕組み」を、会社があらかじめ設計しておけ、ということになる。逆に言えば、この仕組みが機能するには「気づいてくれる誰か」がその場にいることが前提になっている。
その「誰か」が、そもそもいない働き方がある
ここで、以前この場所で書いた一人親方の単独作業リスク管理の話に戻ってくる。厚生労働省のページには、労働安全衛生規則等の改正により、事業を営む人が請け負わせる一人親方等に対しても、労働者と同等の保護が図られるよう、事業者に一定の措置を義務付けるという記載がある。
一見、一人親方も守られるように読める。だがこれは、元方事業者(工事や作業を発注する側の事業者)がいて、その現場に一人親方が入って作業する、いわゆる混在作業のケースを想定した規定だ。自伐林家のように、誰からも仕事を請け負わず、自分の山に自分の判断だけで入っていく働き方には、そもそも「保護を義務付けられる側の事業者」が存在しない。
守ってくれる仕組みが「ない」のではなく、そのルールの対象範囲の外側に、最初から立っているということだ。会社員が受けているはずの保護を、一人親方は「対象外」という形で受け損ねている。
「対象外」を、自分で埋める
法律が義務付けてくれないなら、その3つの義務を自分自身に課すしかない。会社の制度としてではなく、個人の習慣として、同じことをやればいい。
- 早期発見の代わり — バディがいない以上、体調確認は自分の五感が頼りになる。熱中症対策の基本記事にある「喉が渇く前に飲む」「休憩は時間で区切る」は、本来バディ制が担うはずの“気づき”を、自分のルールに前倒しして埋め込む工夫でもある。
- 対応手順の代わり — 中等度以上の症状が出たときにどう動くか、山に入る前に自分の中で決めておく。経口補水液の場所、涼める日陰の位置、電波が届く場所を、作業開始前の数分で確認しておくだけでいい。
- 周知の代わり — 周知する相手が現場にいないなら、現場の外に伝えればいい。単独作業リスク管理の記事で書いた「その日の作業場所と終了予定時刻を、家族や取引先に伝えておく」は、そのままここでも使える。誰かに自分の予定と体調基準を知らせておくことが、周知義務の個人版になる。
法律の3本柱は、会社のための制度である以前に、単純に「命を守るために必要な3つの行動」だ。だから、義務付けてくれる事業者がいなくても、やる価値そのものは減らない。
罰してくれる人がいないからこそ
法律違反には罰則がある。だが一人親方には、そもそも違反を問える相手がいない。座り込んでいても、休憩を切り上げても、誰にも咎められない。それは自由に見えて、実際には「誰も止めてくれない」というだけのことだ。
冒頭の木陰での20分。あのとき誰にも報告しなかったのは、義務がなかったからではなく、報告する先を自分で用意していなかったからだ。次に山へ入るときは、出発前にひとこと、今日の終了予定時刻と「何かあったらどこを見るか」を家族に送ってから入ろうと思う。罰則が届かない場所だからこそ、自分で自分に義務を課しておく。
出典: 令和8年「STOP!熱中症 クールワークキャンペーン」を実施します(厚生労働省)、労働安全衛生規則の一部を改正する省令の施行について(厚生労働省労働基準局長通達 基発0520第6号)、熱中症対策の強化について(厚生労働省)
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