装備

林業向け救急セットの中身。市販の救急箱では足りない理由

林業向け救急セットの中身。市販の救急箱では足りない理由

本記事は筆者の林業現場での実務経験および公的機関の情報をもとにした一般的な情報提供を目的としています。症状の判断や治療の代わりとなるものではありません。実際の対応については医療機関・専門家にご相談ください。緊急性が疑われる場合は、ためらわず119番通報してください。

「救急箱の中に何を入れるか」は、2021年11月まで法律でほぼ決まっていた。包帯材料、ピンセット、消毒薬。この一律リストさえ揃えておけば、法令上は問題なかった。

ところが2021年12月の労働安全衛生規則の改正で、この一律リストは削除された。今は「現場で実際に起こりうる災害に応じて、事業場ごとにリスクアセスメントをして用意する」ことが求められている。つまり法律は「あなたの現場で本当に必要なものを、自分で考えろ」と言っている。林業のように、チェーンソーによる切創という特有のリスクを抱える現場で、一般的な救急箱の中身のまま済ませていいはずがない。

なぜ「絆創膏と消毒液」だけでは、チェーンソー外傷に対応できないのか

林野庁が公開している災害事例には、間伐作業中にチェーンソーがキックバックし、19歳の研修生が左足のひざを切創した事例が記録されている。伐木作業の安全対策で触れた通り、伐木作業は林業の死亡災害の約7割を占める場面であり、チェーンソーによる外傷は、日常生活で見るような小さな切り傷とは規模が違う。刃が高速回転したまま体に触れるため、傷が深く、出血量も多くなりやすい。

林業・木材製造業労働災害防止協会は、大出血時の対応として、まずガーゼやハンカチを傷口に当てて圧迫する「圧迫止血法」を基本としつつ、動脈性の出血で圧迫が効かない場合には、傷口より心臓に近い位置を強く縛る「止血帯法」を挙げている。止血帯は幅3cm以上のものを使い、血流を完全に止めたままにしないよう30分に1〜2分は緩めることも案内されている。絆創膏で対応できる出血ではない、ということだ。

山中の救急セットに、最低限入れておきたいもの

一般的な市販の救急セットは、家庭内の小さな切り傷や擦り傷を想定してつくられている。林業の現場に持ち込むなら、次のものを追加しておきたい。

これらを揃えたうえで、林業・木材製造業労働災害防止協会が案内する通り、救急箱の中身は定期的に点検し、使用期限が切れたものや不足したものを補充しておく必要がある。

大出血時の応急手当の手順フロー図
大出血が疑われるときの、最初の3ステップ

「背負って運ばない」——搬送の常識にある落とし穴

もう一つ、意外と知られていないルールがある。負傷者を医療機関や車まで移動させるとき、林業・木材製造業労働災害防止協会は「決して背負わないで、担架で救急車まで運ぶ」ことを強調している。

背負って運ぶのは、助けようとする側の自然な発想だ。だが背負われた姿勢は傷口や骨折部位に負荷がかかりやすく、状態を悪化させる可能性がある。担架は市販のものでなくても、丈夫な棒と衣類・シートで即席のものを作ることができる。救急セットに、担架代わりになる丈夫な布やロープを一緒に入れておくと、いざというときに役立つ。

一人親方には、もう一つ足りないものがある

救急セットが充実していても、それを使う相手が自分自身だったらどうするか。応急手当の知識と道具があっても、意識を失った状態で自分の傷を圧迫することはできない。山中は電波が届きにくい場所も多く、助けを呼ぶこと自体が難しい場面もある。この「単独作業ならではの壁」については、別記事で詳しく扱う。

まずは今日、自分の救急箱を開けてみてほしい。中に入っているのが、絆創膏と消毒液だけだったとしたら、それはチェーンソーを使う現場の救急箱としては、まだ半分しか準備できていない。

関連商品

この記事を書いた人

藤川翔(屋号:希翔)

本記事は筆者の直接的な受傷経験ではなく、林業・木材製造業労働災害防止協会や厚生労働省の公的資料に基づいて構成している。

この記事の裏話や、体験の背景はnote(山守ラボ)でも綴っています。