滑落・転倒

林業の滑落・転倒対策。スパイク地下足袋と長靴、傾斜地で選ぶならどっち

林業の滑落・転倒対策。スパイク地下足袋と長靴、傾斜地で選ぶならどっち

本記事は筆者の林業現場での実務経験および公的機関の情報をもとにした一般的な情報提供を目的としています。症状の判断や治療の代わりとなるものではありません。実際の対応については医療機関・専門家にご相談ください。緊急性が疑われる場合は、ためらわず119番通報してください。

足元の土が急に軽くなった感覚がした次の瞬間、体はもう斜面を滑り出していた。止まったのは、5mほど下だった。

木を切る、運ぶ、刈るといった作業に比べると、「足を滑らせる」というのは地味な出来事に思える。だが林業の現場は平地ではない。傾斜地で足を滑らせることは、そのまま数メートル単位の滑落につながる。この記事では、その滑落を実際に経験した立場から、履物選びと滑った瞬間の対処法を整理する。

「転倒」ではなく「滑落」になるのが、山の斜面の怖さ

平地でつまずいて転ぶのと、傾斜30度を超える斜面で足を滑らせるのとでは、起きることの規模がまったく違う。後者は「転倒」で終わらず、そのまま「滑落」に変わる。

林野庁の統計によれば、林業の死亡者数は年間40人前後で高止まりしており、事故の型別では「挟まれ・巻き込まれ」「墜落・転落」「激突され」の3つで死亡災害の大半を占める。伐木作業中の事故ほど目立たないが、林業・木材製造業労働災害防止協会が公開している災害事例には、間伐作業に向かう途中の急傾斜地で転落し、12メートル下の河床の岩に激突したケースも記録されている。つまり「移動中に滑る」だけでも、命に関わる事故になり得るということだ。

自分の場合、5mで止まったのは幸運だった。木の根に足が引っかかったからだ。もしそこが岩場だったら、もっと下まで落ちていたかもしれない。

スパイク地下足袋と長靴、傾斜地ではどっちが正解か

滑落を防ぐ一番の対策は、実のところ装備の見直しだ。自分は現在、スパイク付きの地下足袋とスパイク付きの長靴を作業内容によって使い分けている。

比較項目 スパイク地下足袋 スパイク長靴
グリップ力 非常に高い(足裏の感覚をつかみやすい) 高い(靴底の面積分、安定感がある)
重さ・疲労感 軽く、長時間でも疲れにくい 地下足袋よりやや重い
防水性 低い(雨天・沢沿いは浸水しやすい) 高い
スパイクの持ち 数ヶ月〜半年で摩耗し交換が必要 地下足袋よりやや長持ち
足首・つま先の保護 先芯入りタイプを選べば一定の保護あり 長靴自体が足首まで覆うため保護範囲が広い

地下足袋の最大の利点は、地面の感触を足裏で直接拾えることだ。木の根が張っている場所か、土が崩れやすい場所かを、履いたまま感じ取れる。一方で防水性がなく、沢沿いや雨天の現場では長靴に分がある。

どちらを選ぶにしても、足元の落下物対策として先芯入りを選ぶことをすすめる。造材した材が足元に転がってくることは珍しくなく、先芯があるかどうかで怪我の程度が大きく変わる。また、スパイクは消耗品であり、数ヶ月使うとグリップ力が落ちてくる。「前は滑らなかったのに、最近よく滑る」と感じたら、スパイクの減りを疑ってほしい。

サイズ選びも軽視できない。地下足袋は普段のスニーカーサイズとズレが出やすいため、可能であれば森林組合や作業用品店で試着してから購入するのが安全だ。

斜面で足を滑らせた瞬間にとるべき対処のフロー図
滑り始めた瞬間、まず体をどう動かすか

滑り始めた0.5秒、体はどう動かすべきか

装備でグリップを確保していても、滑る時は滑る。問題は、滑り始めたその瞬間にどう体を動かすかだ。

とっさに踏ん張ろうとするのは、実は逆効果になりやすい。踏ん張った足がさらに滑って勢いがつき、体勢を崩したまま加速することがある。一般的な林業安全教育で言われているのは、無理に踏みとどまろうとせず、重心を落として体を低くすること。低い姿勢は、転がる距離と衝撃の両方を小さくする。

近くに木の根や幹があれば、迷わずつかむ。チェーンソーや刈払機を手にしている場合は、とっさに手放す判断も必要になる。道具を守ろうとして手にしがみつくと、体勢を立て直す動作が遅れる。

止まった後も、すぐには動かない。周囲、特に谷側に人がいないか、自分が転がったことで石や倒木が下に落ちていないかを確認してから、ゆっくり体勢を整える。滑落そのものより、滑落後に慌てて動いた二次災害の方が重症化するケースもある。もし出血や骨折が疑われる怪我を負っていたら、救急セットの中身で紹介した応急手当の手順を思い出してほしい。

声掛けと装備、どちらも「片方だけ」では足りない

伐木作業の安全対策の記事でも触れたが、山の危険は装備だけでも、行動だけでも防ぎきれない。傾斜地での作業も同じで、スパイクの効いた靴を履いていても、足場の状態を確認せずに歩けば滑る。逆にどれだけ慎重に歩いても、スパイクが摩耗した靴では踏ん張りが利かない。

装備を整えることと、足元を見て歩くことは、セットで初めて意味を持つ。

警察庁の速報値でも、山岳遭難の態様別で最も多いのは滑落ではなく「転倒」だった。派手な滑落を警戒するあまり、その手前にある地味な転倒への備えが後回しになっていないか、一度見直す価値がある。

あの日、自分が5mで止まったのは、木の根と、たまたま履いていたスパイク地下足袋のおかげだった。次に同じ状況になったとき、同じように運が味方してくれるとは限らない。今日の作業前に、自分の靴底のスパイクがどれだけ減っているか、一度確かめてみてほしい。

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この記事を書いた人

藤川翔(屋号:希翔)

傾斜のきつい現場で作業する中で、少し滑っただけで5mほど滑落した経験がある。以来、スパイク付きの地下足袋・長靴を基本装備にしている。

この記事の裏話や、体験の背景はnote(山守ラボ)でも綴っています。